会社にとって都合の良い人間になるな
私がもっとも尊敬し、色々と教えてくれた先輩が残した一言です。その先輩は、昨年11月に会社を自己都合退職しました。かつては一緒に働いておりましたが、数年前の異動で部署も勤務地も別々となってしまったため、先輩が何を思って退職したのか今となっては知る由もありません。けれども、この一言だけはずっと色褪せず残り、今でも心の中でひっそりと生き続けています。
新入社員のころ
先輩は未来の世界の猫型ロボット
先輩は中途採用で、その年の新卒だった私の3ヵ月遅れの7月に入社してきました。以前はソフトウェア開発会社で働いていたこともあり、ソフトウェアに関する知識に長けた人でした。私が働いていたのは中小と言えどメーカー。ハード寄りの人が多く、ソフトウェアの弱さが目立ち外注に振り回されていた時期だったため、それに困った上司が連れてきたのが先輩でした。
先輩はふっくらとした体格からよくドラえもんと揶揄されていました。温厚なところもとてもそっくりでした。温厚で優しい人は人づきあいが上手いけど仕事が出来ない人が多いと言われがちですが、先輩はそんなことはありませんでした。
先輩の仕事はとても丁寧でした。設計書は簡素ながらに分かりやすく、その手から生み出されるコードは見た目美しく無駄のない鮮麗されたもの。デバッグ手法もきちんと作りこみされており、不具合が生じても慌てず原因究明・特定し、素早く的確な対策を講じていました。
温厚でドラえもんな先輩でしたが決してイエスマンではなく、仕事に関しては誰よりもシビアで理にかなわない業務や無駄と思われる業務はガンとして首を縦に振らず、テコでもやらない人でした。先輩を連れてきた張本人の上司でさえ、ほとほと手を焼いている姿をよく見かけたものです。
ドラえもん先輩は自分が食べられるだけの稼ぎがあればよいと常に豪語するくらい出世欲のない人でもありました。上司の目を盗んでサボっている時もよくありましたが、ひとたび頼れば誰よりも面倒を見てくれました。
「アプリケーションを作れと言われたけど何をどうすればいいのか分かりません」
「パソコンから異音がして、画面が真っ暗になって起動しなくなっちゃいました」
「不具合が起きているけど、どこから調べたらいいのか分かりません」
泣きつくと、困った顔で「なんで俺に言うんですか」と言いながらも、何だかんだで最後まで面倒見てくれました。
何処に行っても新卒はツラいよ
働いていた会社は昔ながらの中小メーカーで、未だに終身雇用にこだわっている企業です。強大な権力を持つ親会社がバックに居ることもあり、旧態依然な会社でした。黙っていても親会社からの天下り様が仕事を持ってきてくれる。営業は名前だけ、窓際社員もたくさん居ました。その一方で真面目に仕事するイエスマンほどたくさんの仕事を抱え、疲弊していました。私のOJTリーダーもそんな感じでした。
OJTリーダーとは、実務につくに辺り一年間新入社員に対して先輩社員一人がつく研修制度のことを一般的に指す(会社により差異はあります)
多忙なOJTリーダーが私の面倒も見きれるワケもなく、仕事を選別し比較的余裕のあったドラえもん先輩に大変お世話になるのはある意味、必然でした。
ただ、OJTリーダーのことをとやかく言えません。当時の私とて、入社したばかりのぺーぺー下っ端新入社員。右も左も分からず、言われるままに仕事をするしかない。この人に関わると後始末ばかり押し付けられる、この人は敵前逃亡をよく図る。噂は何となく耳に入るものの、それでもやるしかない。
きたみりゅうじさん著作の「新卒はツラいよ」を彷彿させる場面もちらほら。いやいや、あそこまで酷いものでは……と思いつつも、土曜日の真夜中0時に会社に居たことが数度あれば十分その素質はあるのでしょうか。
旧態依然な中小メーカーをブッた斬るドラえもん
絶賛氷河期! とはいかないものの、氷河期と売り手市場期の丁度狭間で就職した私は同期の数が少なく、会社統計から見ても二、三番目に新入社員が少ない年だったためロクな相談相手も居ませんでした。そうでなくとも女の技術者は大変、珍しがられたくらいです。可愛がられることは勿論、必要以上にやっかみを受けたり、良いプロパガンダにされたりと(今もだけど)色々とあったものです。
その中で先輩の存在は本当に大きかった。純粋に聞いたことに対して、的確な答えを返してくれる。当たり前のことですが、この会社では当たり前ではありませんでした。
命令系統がおかしい。上司→主任→部下の流れになるべきところを、主任をすっ飛ばして部下に直接命令がいっている。それでは主任の意味がないし、部下が混乱する要因となってしまう。
レビューがレビューになっていない。名前だけだ。デザインレビューは社内評価を得るためだけの通過儀式ではない。設計計画の質を高めるための討論の場なのだ。
人事評価も年功序列が色濃く残っており正統なものじゃない。上に無能な役職者が溜まる一方で数の制限で役職者になるべき人が出世できていない。
井の中の蛙だった私に技術面だけでなく、色んなことを教えてくれました。時に、崖から落とされたこともしばしば。決して甘いだけの人ではありませんでした。タイトルにあてた「会社にとって都合の良い人間になるな」という言葉が出てきたのも、この頃のことだったと記憶しています。
会社にとって都合の良い人間になるな。使われるままでいるな。自分なりの武器を持て。搾取される側になるな、搾取する側になれ。あの言葉にはそんな意味が込められていたのでしょう。
そして十年後、中堅社員へ
気付けば私はドラえもん先輩の提唱する人間に
ここ数年で私の周囲を含め、色々と様変わりしました。安定にふんぞりかえっていた親会社がひとつの瑕疵で危機的状況に追い詰められました。当然、その余波は関連会社であるこちらにも降りかかってきました。
「親会社以外の営業を強化しろ」
「今までにない新製品を開発しろ」
「既存製品のコストダウンに励め」
しかしながら、今までぬるま湯のなかでのんびりとしていた企業体質が「危機的状況だ! やれ!」の一言で劇的に変わるワケもありません。仕組みもなければノウハウもありません。そもそもの原動力すら危うい。それでも体力がそこそこある企業なので、このまま数年もしくは数十年はダラダラと存続していけそうです。
ドラえもん先輩も何処か割り切った様子で「今ぐらいの賃金で、浮くことも沈むこともなく細く長く定年まで働ければいい」と言っていました。けれど、先輩は辞めてしまいました。言葉のとおり、のらりくらりな人で、けれど仕事に対しては真摯で確固たるポリシーがありました。普段は温厚な人でしたが、仕事をする上で上司と衝突していることも多々ありました。何処かで嫌気がさしてしまったのかもしれません。
私自身年齢を重ね、いつの間にか中堅社員と呼ばれるようになりました。後輩も増えました。ドラえもん先輩にしごかれたお陰か、そこまで本気を出さずとも「仕事が早い」「適確に出来ている」と言われるようになりました。けれども、時短勤務中であることを考慮され、重要なプロジェクトが私に回ってくることはありません。何をしても人事評価も上がりも下がりもしません。終身雇用前提企業だから首を切られる心配もほとんどありません。気が付けば、意図せず私は「会社にとって都合の悪い人間」になっていたのです。
私みたいのが窓際社員=老害になるのかとさえ日々、感じています。何だかなぁ、と思いつつ日々怠惰に過ごしています。「新卒はツラいよ」の中にもそんな場面ありましたね。このままではダメだ! という熱い気持ちが埋もれ火のようにくすぐっているのも事実です。
会社にとって都合の良い人間になるな
その度にこの言葉が響くのです。額面だけでとらえると既に実情はそんな感じなのですが、ドラえもん先輩が言いたかったのはそれだけじゃなかったのではとふと最近思うのです。
勝手に仕事が絞られる分、人より余裕があります。それに甘んじている部分もあります。仕事にやりがいは感じられなくなりましたが、他にやりたいことは幸いなことにたくさんあります。上司に立てついて万が一、何かあったとしても共働きだから失うものも少ないです。(パパがんばれ)
こんな私でもかつてのドラえもん先輩に救われたように、いつの間にか増えた部下のサポートや、多忙な部下の話を聞いて、少しでも不満を解消してあげられるでしょうか。
「新卒はツラいよ」の続編「人生って、大人になってからがやたらに長い」にいよいよ差し掛かったなぁ、と感じつつ、締めくくらせて頂きたいと思います。
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