【快適すぎて】発達障害(グレーゾーン)の上の子が、特別支援学級(情緒)がある別学区の学校に通い始めて二年が経ちました【指定校に戻りたくない】

子供
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うちの上の子は発達障害(グレーゾーン)である。

【身内は敵?】発達障害(グレーゾーン疑い)の息子を特別支援学級に通わせるまでに至った経緯のお話
「二児ママ」とあるように私は二人の子の母親だ。どちらも男の子で毎日毎日、家が本気で破壊されかねないと思うほど元気に飛び回っているわんぱっく子どもである。最早、弟くんがお兄ちゃんの机からマジックペンを盗み出して、そのペンでデカデカと壁紙に「エ...

特別支援級(情緒)がないからと最寄りの小学校から追い出され(語弊)、お隣の小学校に通い始めたが思いのほか、快適(語弊)に過ごせている。

わか
わか

同じ市の学校なのになんでこんなに違うんだ!

と言いたくなるぐらい、快適に過ごせている。上の子もバリバリ特性を残しつつも、すくすくと成長している。

うちの子の話なので参考になるか分からないが、

  • 特別支援学級に行くべきか迷っている
  • かつ、今とは違う学区の学校に通わせるべきか迷っている

人へ向けて書ければなと思う。

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違う学区の特別支援級(情緒)へ通うことによるメリット

特別支援学級となるため、その子の特性に合わせた教育となる

これにつきるだろう。先生もそういう子への対処方法を学んでいる寛容な先生となるため、連日のように鳴っていた電話がほぼなくなった。仮に電話がかかってきても連絡し忘れたことや、忘れ物の話などで友達とトラブルが……系はほぼなくなった。

それでも時折、トラブルは起こすが、特別支援学級だと「お友達が」表現に戻っていた。(まぁ、人数も少ないし、子供に聞けば大体、分かるが)

保育園では「お友達が」と表現していたのが小学校に入った途端「○○さんと」と実名入りになったものだから、電話を貰う度にストレスMAXになっていた私も大分落ち着いた。頭を下げて謝っていた日々が懐かしい。

では、特別支援ではどうしているのかと言うと、見過ごせないトラブルはその場で学級会を開き、どうしてそんなことをしてしまったのか、どうすればよかったのか、など一時間かけて話し合ったりしているそうだ。

特別支援学級は色んな事情を抱えた子が集まっているが、そういう場で落ち着いて話すことで解決するのだと言う。

とても特別支援学級らしい話であるし、こちらとしてもきめ細やかに対応して頂けるなと感じて大変ありがたい。

子供会への入会を避けられるかも……?

これは大きかった。うちの地域は根強く子供会なるものが生き残っているのだが、最寄りの学校に通っていない場合は入会強制ではないのだ。

わか
わか

やったー!

祭りの神輿かつぎや体育祭への強制参加など、やりたいやつでやってくれよ派だったのですみやかに退会した。めっちゃ快適

ただ、ここまで来ると子供会という名称も不適切だと思う。ただの保護者会でいいんじゃなかろうか。

学校最寄りの地域特有のイベントに参加しなくて良い

これは↑の逆パターンである。要は通っている学校の地域のイベントに出なくて良いということだ。

わか
わか

だって、住んでいる地区が違うんだもん

上の子の学校の役員になったことがあるが、私だけ違う地区が記載されるカタチとなった。なお、前例がなかったらしい。この時も役員を決めた際に地区の代表とか決めると思うが、そこから強制的に外された(外れざるを得ない)

仕事でもそうなのだが、私はそういう前例を作るパターンが多い。

よって、学校と地区とが協力して行う廃品回収なども自然と免除になる。前述したとおり、地元の子供会にも入っていないため、自分が住んでいる地区分も免除だ。まぁ、廃品回収ぐらいだったら別に手伝っても良いのだが……あの辺の区分がよく私も分からない。

違う学区の特別支援級(情緒)へ通うことによるデメリット

通常学級に比べて学力に差が出る

特別支援学級に通う以上、ここは避けて通れないだろう。ただ、上の子は幸いにして、やれば出来る子(親バカ)なので、然程感じていない。

いわゆる詰め込み部分は上の子に関してはすぐ覚えられるため(忘れるのも早いが……)、特別支援に居ても然程ネックにならなかったのだ。

どちらかと言うと自分の考えを文章にまとめることが苦手だったため、そういう意味では特別支援で指導して貰って良かったと思っている。かなりこの部分に関しては伸びた。一年生の頃は私が補助しても泣きながらやっていた状態だったのに、今では私の補助が無くてもなかなか良い文章をかけるようになった。

特別支援学級は毎日日記を書いたり、どう感じたかなどの指導が普通学級より入るため、上の子には本当にうってつけだったのである。

親の責任で送迎を行う必要がある

別学区に通う以上、これも致し方あるまい。通常の通学班が組めないため、必然的にそうなる。私は幸いにも上の子の学校が通勤経路上にあったため、そこまで負担に感じたことはない。

困るのは授業参観などのイベントの時かなと思っている。駐車場がそこまでないので……(お察し) これまた幸運なことに隣学区なため、歩いても15分程度しかかからないのは救いだった。遠い人は大変だ。

それでも運動会はちょっと大変だった。暑い中、子供も大変だが、親も行き来きだけで運動会状態である。

ただ、私も他人事ではなく、帰りに関しては学童頼みとなっている。学童に入れなくなった瞬間、送迎の問題が浮上する。一応、地元の学童は6年生まで入れる規程になっており、毎年数名は入れているようなのでその枠になんとか滑り込むしかないのが実情だ。
入れなかった場合は……最寄りの指定校に戻ることも視野に入れないとかもしれない。出来れば避けたいところではある。

指定校に戻るタイミングが難しい

特別支援学級に通うには教育委員会のお墨付きが必要()だが、戻るタイミングは親が決めて良いらしい。

わか
わか

???(ちょっと意味が分からねぇ)

指定校である最寄りの学校から追い出される際、教頭先生から「一旦、転校したら戻ってくるのは難しいです」と言われていたから覚悟していたのだが、拍子抜けである。

しかもその後、教頭が変わったのだが新・教頭さんは「いつでも戻ってきてください!」とウェルカム状態。結局は教頭の一存かよ! この辺はお役所……である。

上の子は特別支援の先生のご指導のお陰で、大半は普通学級で勉強できるようになりつつある。まだ、様子をみている教科があるが、普通学級に戻れる日もそう遠くはないのかもしれない。

今度は戻るか否かの選択肢に悩むことになりそうだ。ただ、今の意向としては、もうこのまま……! と思っている。最寄りの学校に戻って、また元に戻ってしまったら……と思うと、現状維持が一番良いに決まっている。

わか
わか

あと下手に戻って、こっちで役員やってないでしょ? と言われそうなのがイヤ(本音)

いずれにせよ、中学校進学時に特別支援に入るか否かの選択も待っているのだ。だから、どうかっ! 最後まで学童に入れることを切実に祈るしかない。

まとめ

あとは子供次第というか、子供と相談だろうか。ただ、発達障害な時点で、いくら落ち着いて話したところで子供が果たして理解出来るか、である。

うちの子の場合は然程、転校に抵抗はなかった。むしろ、新しい環境、新しいお友達ができるかも? な予感にウキウキしていたようである。

そして今は元の学校に戻りたい、とも言っている。ただ、言っているワリに今の学校がとても楽しいとも言っている。たぶん、どちらでも良いのだろう。現に上の子はコロコロと意見が変わる。順応性も高い……と言うより、周囲の変化に疎い。ゴーイングマイウェイなのである。

なので、私は親の都合を優先させようとしている。どうで中学で今通っているところと、元居たところは一緒になるので大差ないと思っている。

子供の意思を尊重してあげなさいよ! 言う人は居るだろう。が、発達障害特別支援という言葉が出てきている時点で子供の意思もクソもない。既に大人の事情に巻き込まれているのだ。

それなら子の親の意思で決めたって私はいいと思う。私は周囲の反対を押し切って、特別支援級のある学校への転校を決めたが少しも後悔していない。特性を残しつつも少しずつ成長していっている我が子を見ていてもそう思える。

あのまま、周囲(という名の身内)の目を気にして、元の学校に居たら……と想像しただけでゾッとする。

この記事が少しでもかつて悩んでいた私みたいなお母さんたちに届けばと願いながら。ではでは、この辺で。

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